軍事思想史入門 第15回【核戦略】(最終回)

核戦略

 核兵器は人類に恐るべき破壊力をもたらしたが、その破壊力がもたらす悲劇性は広島や長崎への原爆投下からも非常によく知られている。核兵器というものが通常の兵器とは異なった論理で運用されるという「核戦略」の考えは、特にアメリカとソ連が大量の核兵器保有した冷戦期に、アメリカを中心として大きな発展を遂げることになる。

 第二次世界大戦での原爆投下からほどなくして、アメリカのブロディ『絶対兵器』の中で、戦争の勝利ではなく回避を重視する「抑止」の概念を唱え、核兵器を通常兵器と同様に用いることについて早くから警告を発していた。

 また、キッシンジャー核兵器外交政策で、戦闘地域や戦争手段を制限する「制限戦争」を唱え、核兵器ではなく通常兵力を用い、敵国の領土の一部を聖域として攻撃せず、交渉を繰り返すことによって全面核戦争を防ぐ考えを提案した。

 経済学者のシェリング『紛争の戦略』の中でゲーム理論を活用して軍事戦略理論を研究し、特に核抑止とそれに関する交渉についての大きな貢献を果たした。

 核戦略についてはこれ以外にも、マクナマラが提唱した核抑止の方法論である「相互確証破壊」や、カーン『熱核戦争論などが参考になる。

 

ブロディ『絶対兵器』

キッシンジャー核兵器外交政策

シェリング『紛争の戦略』

カーン『熱核戦争論

 

【参考文献】

 

軍事思想史入門 第14回【対ゲリラ戦・対反乱作戦】

【対ゲリラ戦・対反乱作戦】

 ゲリラ戦よりも対ゲリラ戦に関する書籍の歴史は古く、その先駆者であるスペインのサンタクルス・デ・マルセナード『軍事的省察の中で反乱とその対策について述べている。

 しかしながら、この分野の発展は広大な海外植民地を保有するようになったイギリスやフランスにおける経験が大きな影響を与えたのは間違いない。

 イギリスのコールウェル『小戦争』の中で、ヨーロッパにおける正規軍同士が争う正規戦とは異なる、ゲリラ戦のような形態の戦争を「小戦争」として、あらゆる形態の小戦争への対策について論じた。

 同じくイギリスのトンプソン共産主義者の反乱の打倒』の中で、マラヤ危機における共産主義勢力の反乱と戦った経験をまとめあげた。

 フランスにおいてもブジョー、ガリエニ、リョーテなどがインドシナマダガスカルアルジェリアなどでの植民地戦争の経験から回想録などの形で様々な知見を残していたが、特に有名なものとしてはガルーラ『対反乱戦:理論と実践』が当てはまるだろう。

 

サンタクルス・デ・マルセナード『軍事的省察

コールウェル『小戦争』

トンプソン『共産主義者の反乱の打倒』

ガルーラ『対反乱戦:理論と実践』

 

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軍事思想史入門 第13回【ゲリラ戦】

【ゲリラ戦】

 少人数で奇襲や待ち伏せ、後方攪乱などの破壊活動を行うゲリラ戦は古代から用いられてきた戦法であり、ゲリラという言葉もナポレオン戦争時の半島戦争で生まれたスペイン語の「小さな戦争」の意味から登場したものである。

 しかしながら、ゲリラ戦に関する代表的な著作の登場は遅く、第一次世界大戦以降となっている。アラビアのロレンスで有名なイギリスのロレンス『知恵の七柱』などで、第一次世界大戦のアラブ反乱におけるゲリラ戦について述べた。

 このように従来のゲリラ戦は純軍事的に用いられるものが多かったが、次第に共産主義思想と結びつき、革命におけるゲリラ戦という方向で発展を遂げていった。

 その最も重要な著作と言えるのが、中国の毛沢東による『遊撃戦論(抗日遊撃戦争の戦略問題)』である。その中で毛沢東は、従来の共産主義で中心的だった都市における工場労働者による武装蜂起ではなく、農村地帯でのゲリラ戦を行うという新しいゲリラ戦略を生み出した。このゲリラ戦略は多くの革命家に影響を与え、ゲリラ戦争の指針となっていった。

 毛沢東以外でも、カストロと共にキューバ革命を成し遂げたチェ・ゲバラ『ゲリラ戦争』や、フランスとの独立戦争を戦い抜いたベトナムヴォー・グエン・ザップ『人民の戦争・人民の軍隊』、ブラジルのマリゲーラ『都市ゲリラ教程』などが代表作として挙げられる。

 

ロレンス『知恵の七柱』

毛沢東『遊撃戦論(抗日遊撃戦争の戦略問題)』

チェ・ゲバラ『ゲリラ戦争』

ヴォー・グエン・ザップ『人民の戦争・人民の軍隊』

マリゲーラ『都市ゲリラ教程』

 

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軍事思想史入門 第12回【共産主義・ソ連の軍事思想】

共産主義ソ連の軍事思想】

 この時期におけるソ連でも独自の軍事思想が発達していったが、その中には共産主義的思想の影響を受けたものもあることから、その部分も含めて把握しておく必要がある。

 マルクスと並ぶ共産主義思想家であるドイツのエンゲルスは、『蜂起』などの著作などで革命時の武装蜂起や市街戦における軍事問題を取り扱った。エンゲルスは早くから暴力革命における軍事的要素の重要性を認知し、軍事研究に没頭していたことはあまり知られていない。ともあれ、エンゲルスロシア革命ソ連の登場を見ることのないまま生涯を終えることになった。

 ロシア革命後の赤軍労農赤軍、後のソ連軍)を指導することになったソ連トロツキーは、『軍隊建設における我々の政策』などでロシア内戦期における共産主義の理想と軍事問題の現実との間で揺れ動く赤軍の在り方を模索した。しかしながら、内戦末期に共産主義的思想から民兵制を主張するなどして批判を受けるようになってきた。

 その主な論敵となったフルンゼは、『統一軍事ドクトリンと赤軍などで、ロシア内戦の経験から攻勢や機動を重視した統一軍事ドクトリンの作成を主張し、それに反対するトロツキーとの大論争を巻き起こした。最終的にトロツキーの政治的失脚によって実権を握ったフルンゼによって、ソ連の軍事政策の方向性が決定づけられることになり、またフルンゼは将来戦が機械的戦争になると予想し、ソ連の工業化や軍国主義化を推し進めることになった。

 また、スヴェーチンはその著作『戦略』の中で、「作戦術」概念を提唱し、従来までの「戦術」と「戦略」の二項対立的概念の中間に作戦術が存在することを主張した。この作戦術の考えは当時ではあまり大きな注目を集めなかったが、現在ではアメリカや日本などでも注目されるようになった。

 さらに、イセルソン『作戦術の進化』の中で、歴史的な流れの中での作戦術の変化を分析しつつ、将来戦におけるソ連の作戦術についての研究を行った。

 それ以外に、ソ連において重要な著作となったのは、政軍関係について述べたシャポシニコフ『軍の頭脳』や、以前の回で述べたように縦深作戦理論に影響を与えたトリアンダフィーロフの『現代軍の作戦の性質』や、トゥハチェフスキーの『国境作戦の性質』などが挙げられる。

 

エンゲルス『蜂起』

トロツキー『軍隊建設における我々の政策』

フルンゼ『統一軍事ドクトリンと赤軍

スヴェーチン『戦略』

イセルソン『作戦術の進化』

シャポシニコフ『軍の頭脳』

 

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軍事思想史入門 第11回【新たな軍事思想・地政学】

【新たな軍事思想・地政学

 この時期は従来では見られなかった新たな軍事思想の誕生期でもあった。

 ドイツのデルブリュック『政治史の枠組における戦争術の歴史』で、歴史学の方法論を活用しつつ、従来の戦史だけではなく社会史や政治史などと組み合わせることで軍事史の発展に貢献した。また、「殲滅戦略」と「消耗戦略」という概念を提唱し、戦略思想に影響を与えたことでも名高い。

 イギリスのランチェスター『戦いにおける航空機』の中で戦争に数理モデルを活用し、「ランチェスターの法則」を生み出したオペレーションズ・リサーチ研究の創始者として名高い。このオペレーションズ・リサーチ研究は第二次世界大戦でも盛んに活用され、数学や統計学を戦争に大いに活用する流れを生み出した。また、現在では軍事だけではなくビジネスなどにも応用されていることはよく知られている。

  地政学という学問の登場もこの時代の軍事思想において欠かすことが出来ない要素である。地政学にはそれぞれ英米系とドイツ系の二つの系統があり、それぞれ独自の発達を見せてきた。

 英米地政学を代表するのはイギリスのマッキンダーであり、彼の著書である『デモクラシーの理想と現実』では、マハンのシーパワーに対する「ランドパワー」、そして「世界島」や「ハートランド」などの概念を取り上げつつ、ハードランドの要点となる東欧の重要性を主張し、イギリスの外交政策に影響を与えることになった。

 また、アメリカのスパイクマン『世界政治におけるアメリカの戦略』で、シーパワーとランドパワーが衝突するユーラシア沿岸部の「リムランド」こそ地政学的に重要だと主張し、アメリカの外交政策に影響を与えることになった。

 一方、ドイツ系地政学の先鞭となったのはドイツのラッツェルによる『政治地理学』であり、またラッツェルの教え子であったスウェーデンチューレン『生命体としての国家』がそれに続く。ラッツェルは「生存圏(レーベンスラウム)」という概念を編み出したもののあくまで「政治地理学」を標榜したが、チューレンは「地政学」という言葉を生み出し、また自給自足的な「アウタルキー(閉鎖経済)」についての主張を行った。

 この流れをさらに発展させたのはドイツのハウスホーファーであり、『国防地政学などのような著作の中で、当時のドイツの状況を地政学的に分析し、マッキンダー、ラッツェル、チューレンらの分析を活用しながら、大陸国家としてのドイツの生存権についての意見を述べていった。ハウスホーファーヒトラーとの出会いを通じ、ナチスの政策にも影響を与えたが、次第にそれはハウスホーファーの考えから乖離した「東方生存圏」思想となっていった。しかしながら、このナチスとの接近によりドイツ系地政学は危険視されることになり、ハウスホーファーの思想も批判的に論じられることが多い。

 

デルブリュック『政治史の枠組における戦争術の歴史』

ランチェスター『戦いにおける航空機』

マッキンダー『デモクラシーの理想と現実』

スパイクマン『世界政治におけるアメリカの戦略』

ラッツェル『政治地理学』

チューレン『生命体としての国家』

ハウスホーファー『国防地政学

 

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軍事思想史入門 第10回【戦車】

【戦車】

 第一次世界大戦で登場した戦車は、当初こそ能力を十分に発揮できなかったものの、最終的には連合軍の勝利に大きく貢献し、戦争の新しい形態を予感させることとなった。

 第一次世界大戦時に戦車の運用に携わっていたイギリスのフラーは、『大戦における戦車』など早い段階から戦車に関する著作を執筆し、特に将来戦では小規模な職業軍から構成される戦車部隊が中心になると主張した。これはリデル・ハートの間接的アプローチの考えに近いが、フラーが戦車の役割を最前線で活動する主導的なものとし、歩兵は後方での補助的任務を行うに過ぎないとしたのに対し、リデル・ハートは歩兵は戦車を支援するものとしてその役割をフラーほど軽視しなかった。

 また、オーストリアアイマンスベルガー『戦闘車両の戦争』の中で、第一次世界大戦における戦車戦を分析しながら戦車運用研究に取り組んだ。

 そして、戦車の運用について最も有名な人物と言えばドイツのグデーリアンであり、その著作『戦車に注目せよ!』は後のいわゆる「電撃戦」のルーツとなった思想が盛り込まれている。戦車を中核としつつもそれに自動車化された歩兵や砲兵を組み合わせ、それらは爆撃機による支援を受け、戦いにおいては機動や奇襲を重視するような大規模な装甲部隊の必要性を大々的に主張した。そして、グデーリアンは後の第二次世界大戦ポーランド戦やフランス戦での活躍もあり、理論と実践の双方で戦車運用の一大人物として見なされるようになったのである。

 また、ソ連においても独自の「縦深作戦理論」につながる軍事思想が発展しつつあり、ソ連トリアンダフィーロフ『現代軍の作戦の性質』の中で具体的な数字を挙げながら縦深会戦の方法について論じている。また、同じくソ連トゥハチェフスキー『国境作戦の性質』などの多数の著作を通じて、「連続作戦理論」から発展させた「縦深作戦理論」を構築していった。

(※ちなみにフラーは『制限戦争指導論』グデーリアン電撃戦 グデーリアン回想録』の方が有名である)

 

フラー『大戦における戦車』『制限戦争指導論』

アイマンスベルガー『戦闘車両の戦争』

グデーリアン『戦車に注目せよ!』『電撃戦 グデーリアン回想録』

トリアンダフィーロフ『現代軍の作戦の性質』

トゥハチェフスキー『国境作戦の性質』

 

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軍事思想史入門 第9回【第一次世界大戦後】

第一次世界大戦後】

 第一次世界大戦はそれまでに類を見ない大戦争であり、軍事のみならず政治、経済、文化に多大な影響を及ぼし、多くの技術や学問が戦争に用いられた革新的な戦争でもあった。それゆえに、第一次世界大戦は軍事思想の面でも大きな刺激を与えたのは言うまでもない。

 第一次世界大戦中に事実上の戦争指導の実権を握っていたドイツのルーデンドルフは、その著書『総力戦』の中で戦争の性質が全面的に変化を遂げたことを述べ、クラウゼヴィッツを批判しながら総力戦では政治は戦争に奉仕しなければならないことを説いた。また、総力戦では軍事だけではなく経済戦や思想戦を含めた総合戦となり、前線と銃後の区別は失われ民間人もまた犠牲になること、国民全体の存亡が賭けられたことから戦争への全面的な協力と、敵国や敵国民に対する激しい憎悪や無条件降伏の要求へとつながることを示唆した。

 また、第一次世界大戦は前途有望な多くの青年の命を奪ったことから、戦勝国であってもなお大量殺戮のもたらした衝撃は大きく、軍事思想上にも大きな影響を与えた。そのようなことから、将来戦ではかつてのような大規模軍の形成と人命軽視的な戦術を改めなければならないという考えは強かった。

 イギリスのリデル・ハート『戦略論:間接的アプローチ』の中で、第一次世界大戦では戦場での敵戦力の殲滅を指向して敵の抵抗が強固なところに戦力を差し向けた直接的アプローチを取っていたが、これからは小規模な職業軍によって敵の抵抗の薄い弱点部にこちらの戦力を集中させ、特に敵に心理的ダメージを与えることを目標とする間接的アプローチの重要性を説いた。

 また、イタリアのドゥーエ『制空』の中で空軍による戦略爆撃の重要性を主張し、戦争の初期段階で敵都市の地上施設へ空襲を行うことによって民間人に恐怖が伝播し、戦争が本格化する前に人々は戦争を終わらせようとすると考えた。また、ドゥーエは「制空権」概念や、それまで陸海軍の航空部隊として分かれていたものを独立空軍という形で統合かつ分離させることも主張した。

 

ルーデンドルフ『総力戦』

リデル・ハート『戦略論:間接的アプローチ』

ドゥーエ『制空』

 

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